アーユルヴェーダ薬膳ライフ31/ 心の旅人
ガンジス河岸では、心の旅人とよく出会います。
ヒマラヤ山脈の聖水を、集めて流れるガンジス河。山麓はヨガの発祥地リシケシ。河岸にはヨガの道場がびっしり並んでいます。世界中からヨガの指導者やヨガを学びたい人が長期滞在しています。そして心の旅人も。今日はヨガの道場でのお話。
「おはようございます」
「あっ、おはようございます」ヨガ施設の食堂でカレーを食べていた私。
「ここ座ってもいいですか?」
「はい、もちろん。わぁ、ここで日本人に会えるとは思わなかった。嬉しいです」
朝食の食堂で声をかけてくれたマサトくん。8人掛けテーブルが6つほどある食堂はほぼ満席。どのテーブルも西洋系の外国人が静かにカレーを食べていた。
「私は南想子と言います。宜しく。昨夜遅く、この施設に着いたばかりなんです」
「僕は、タカハシマサト。ここで…一週間になるかな」
「じゃ、もうヨガはずいぶん習得されましたね」
「いやー、そうでもなくて…」
大盛りのカレーが載ったアルミの皿をテーブルに置き、彼は私の隣に座った。黒いジャージの上下に水色のウインドブレーカーをはおっている。おそらくまだ20代。小柄で、ぼさぼさと伸びた髪を撫ぜながら、ちょっと困った表情。
「僕、ヨガを習いに来たわけじゃないんだ。インドをあちこち安宿を泊まり歩いているうちに、ここまで来た。という感じ」
あっ、そっちだったのか。つまり心の旅人。
「居心地良いんですか、ここ」
「まあね」
「他にも、日本人はいるんですか」
「いるよ。ユウコさん。僕が来る前からいた」
「へー。大先輩だ。でも朝のヨガには、そんな人いたかな…」
「ユウコさんは、ほとんど道場には現れないんだ」
「へぇー!」
驚き!ここに来て道場に来ないなんて、そんな人いるの。思わず大声になってしまった。
「しぃ!南さん声が大きい」
「はぁ?」
「あそこに書いてあるでしょ」
彼の指先に目をやると壁に横長の張り紙。
そこに書いてある英語を読み上げた。
「please keep quiet in the dining.(食堂では静かにしてください)」
とたんに、食堂にいた外国人たちから一斉に笑い声が沸き上がった。(#^.^#)
食堂にはアルミ皿にカレーを盛り上げた外国人が席を探してうろうろしている。私とマサトくんは、さっさと食事を済ませて外に出た。
太陽が昇っていた。5時から始まった日課にようやく解放され、清々しい気分。瞑想堂の前のベンチに並んで腰かけた。ヨガの施設は広い敷地に宿舎や図書館、道場、瞑想堂、事務所などがある。朝夕2回の瞑想とヨガ、午後の講義、三食付き。一日のスケジュールが決まっている。
マサト君は大学を出で念願のI.T関連企業に就職。3年間ソフトのプログラミングをしていた。ところが徹夜の連続、自宅に帰るのが月に数日というハードワークに心が折れ、ひと月前に退職していた。
立派だよ。辛抱が足りないとか、途中で投げ出したとか、言いたい人には言わせておけばいい。人の言いなりになっていると過労死をするご時世。誰も責任を取ってくれない。きちんと逃げ時を見極めたマサト君は偉いと思った。
「マサト君は立派だよ。今、充電中なんだね」
「充電中か、そう言ってくれると嬉しいな。こんな話をして情けない奴と思われると辛いから」
「そんな事思わないよ。一人ひとり違うからね。これが正解という生き方はない」
「ユウコさんも同じ事、言ってた」
「そう、ユウコさんは人生の達人だね」
「僕より2つ年上らしい。日本でコンビニや飲食系のバイトして、お金を貯めては、ここに来ているって言ってた。もう4〜5回になるって」
「へー、貫禄のリピーターだ。でも、ヨガが目的でないなら何のために来ているの?」
「始めは、離婚直後。人生のリセットをするために来たらしい。でもリセットに踏み出す決意がつかないまま、リピートしている」
「それもいいね。リセットに必要な充電時間もまた一人一人違うから」
「日本に比べて、インドは包容力があると思う」
「うん、私もそう思う。人と自分が同じでなくていい。違うのが当たり前と認め合っている。沢山の民族や異なるカースト、違う信仰を持つ人々が同じ地域に住んでいるから、比べることに根本的に意味がない。隣の家の芝は青く見えるという諺があるけど、隣の家にあるのがサボテンだったら比較の対象にならない。そこが日本の社会と違う所だね」
「いろんな人とうまく付き合っていく暮らし方が包容力を生み出しているんだ。このひと月で、僕は人生観がものすごく変わった気がする」
「素晴らしい充電ができたんだね」
「そんな格好良くないけど。でも、こうであるべき、と心を縛ってきたものが実は妄想だったことに気づいた。ちっぽけな日本の慣習のひとつだった」
「自分を捕まえたんだ」
「自分を捕まえるか。自分の人生なのに主役の自分が何処にいるのか解らないのは、確かにおかしいよね」
「そう。おかしい。何としても捕まえて、自分の人生に連れ戻さなければ」
「ハハハ〜。南さんは面白い人だな」
二人で声を上げて笑った。お腹が痛くなるほど笑い続けた。ここには「静かにしてください」という張り紙もない。眼下には青く美しいガンジス河がゆったりと流れていた。
あれから7年経った。インドは広大でマサト君にもユウコさんとも2度と会うことは無かった。でもあの二人ならきっとステキな人生を送っていると思う。二人は前向きに自分を探していたから。日本からインドに現実逃避しているように見えるけど、心の迷路に閉じこもってはいなかった。瞑想中だったのだ。
ガンジス河岸にはいろんな人がいます。マサト君やユウコさんのような若い人もいれば、妻子を残してインドの寺院で修行している人。会社の出張でインドに来てそのまま失踪している人。恋に破れた傷心の人。また傷心の見知らぬ二人が意気投合し結婚したペアもいました。そういう人たちは、自分を見つけるために時の流れに身をゆだね、「人生の瞑想中」のように私には見えます。
ガンジス河の流れは絶えずして、しかも心の旅人は元の人にあらず。ハハハ〜(*^^*)
写真は全て、現地で撮影したものです。無断転用はご遠慮下さい。。南想子
0コメント