アーユルヴェーダ薬膳ライフ34/ サンドーシャの赤い薔薇
2月は逃げる。3月は去る。という諺があります。新年明けて1月を過ぎると、月日はたちまち経ってしまうという意味。オミクロン株もこのくらい、いさぎよく立ち去って欲しいものです。(*^^*)
アーユルヴェーダの目的は「人が幸せになること」
「人生は、たった一度しかない特別な時間。それをどう生きたら幸せか」その教えを説いています。
今日は幸せに包まれるお話しを一つご紹介します。(#^.^#)
場所は南インド、ケララ州アーユルヴェーダリゾート「ホテルマスカット」滞在中のお話し。ホテルはアラビア海を見下ろす高台にありました。
「Good morning, Madam(おはようございます。マダム)」
「Good morning」
「Are you painter?(マダムは画家なんですか?)」
「Thank you. But I`m not. This is just my hobby。(ありがとう。でも、これはただの趣味)
私は、芝生の庭でテーブルにパパイヤを置いて、色鉛筆で絵を描いていた。昨日、ホテルの敷地内で木の根元に落ちていたものだ。
「凄いな。まるで本物だ。猿が来て取っていくよ」
「アハハ!紙だと解って、猿はガッカリね」
「アハハ!」
二人で笑った。あどけなさが残る少年の笑顔。名前はジャイと言った。英語が達者だ。そして客室清掃の仕事をしていた。私はインドで客室清掃員と会話をしたのは初めてだった。それは、たいてい彼らが英語を話せなかったから。彼は英語を外国人観光客に話しかけることで身に着けたと説明した。このホテルには清掃員は4人おり、体格の良いおばさんたちに比べ、小柄で痩せた彼はどこか不釣り合いな感じだった。
清掃員たちは10時~15時まで働いていた。ホテルのチェックアウトは10時。インが15時なので、客がホテルにいない時間帯が彼らのお仕事タイム。
ホテルにはフロントやレストランのある本館とプールやアーユルヴェーダ施設がある。その間は芝生が広がっておりコテージが点在していた。私はコテージに滞在していたので、清掃スタッフは掃除道具を持ってコテージの芝生を横切る小路を行ったり来たりしていた。
翌日朝食後、3階建ての本館を見て回った。廊下にグレーのユニフォームを着た清掃スタッフ4人がワックスをかけていた。おばさん1人がバケツから柄杓で白い液体をバシャバシャ床にまき、2人がモップをかけていた。ジャイは雑巾を持って、モップでは拭けない柱の隅などを拭いていた。床から顔が近いので、顔には白い液体がいくつもこびりついていた。おばさんは気にもせず液体をまき散らす。なんだか彼が冷遇されているようで気の毒になった。
午後になり、芝生のテーブルでココナッツを描いている私に彼が近づいてきた。
「わぁ、ココナッツだぁ」
「うん、砂浜に落ちてた」
「ミナミは本当に、絵がうまいなぁ」
「ありがとう。大したことないけど。海を見ながら描いてるのが好きなの」
「いい時間だ」
彼は21歳。両親と妹弟の5人暮らし。ホテルから自転車で往復2時間かけて通っている。もう3年になると話した。
「今日はお仕事終りね。お疲れ様」
「ちっとも、疲れてないよ」
「元気だね。そうか、若いもんね。この仕事楽しい?」
「うん。この仕事で家族と暮らせて、そして食べて行ける。村には出稼ぎに行って沢山お金を稼いでくる幼馴染もいるけど、僕はここを離れたくないんだ」
「ここ海がきれいで素敵な所だものね。じゃ、ジャイは幸せね」
「うん、幸せだ」
「どんな時に一番幸せって感じるの?」
「うーん。何でもない事かも知れないけど、朝、母さんの料理の匂いで目が覚めた時とか、庭で作っているジャンバカの果実が甘くて美味しかったとか」
(写真: 果実ジャンバカ)
「それから?」
「えーっと、仕事が終わって自転車で帰る途中の風が気持ちよかったとか…。ほら、何でもない、普通のことでしょう」
幸せはその人の感性だと思う。日常の小さなことに幸せと感じるのなら、その人生は幸せにあふれている。しかし、当たり前のこと見過ごしてしまえば、幸せはとても薄い。ジャイは幸せの感性が高いのだと思った。
「ねえ、幸せって、地元の言葉で何んて言うの?」
「サンドーシャ」
「幸せは、サンドーシャ、って言うの。ありがとう!」
私は、彼に何かお礼がしたくなり、昨日描き上げたパパイヤの絵をあげた。
彼は大喜びで帰って行った。
その日、レストランで夕食を済ませた。外のガーデンパラソルの下でコーヒーを飲んでいた時、私は自分の目を疑った。ジャイがバケツとモップを持って本館の方に歩いていく。彼の仕事はとっくに終わり、帰ったはずなのに。
「ジャーイ! ジャーイ」私は彼を呼び止めた。
彼は気が付いて振り返り、こちらに歩いてきた。
「本館の客室でトイレの故障があって、床が水浸しになったと連絡があったんだ」
それで家から又、引き返してきた。という事態らしい。普通なら不満をあらわにして良いはずなのに、彼にはそんな素振りはない。むしろ、自分に任された仕事なのだと張り切っているようにさえ見えた。
翌日は朝食後、観光に出かけたので1日ジャイと会うことがなかった。夕方部屋に戻ると、いつものように室内はキチンと清掃され、テーブルの上に紙が置いてあった。ハガキ2枚分くらいの大きさの画用紙に色鉛筆で赤いバラ。花から伸びた茎には葉っぱが2枚描かれていた。ジャイからだとすぐに分かった。
明日はチェックアウトだ。10時には駅に向かう車を頼んである。彼に会えるだろうか。大丈夫、ジャイは私の出発を知っている。必ず会いに来ると思った。
翌朝、9時に本館のフロントに行き、チェックアウトを済ませた。ロビーで人の出入りが見える窓側のソファーに座り、ジャイが入って来るのを待った。やがて清掃スタッフのおばさんたちがぞろぞろ現れた。ジャイはいない。遅れて来るのか? ゲートには予約の車が次々と入って来て駐車場に並ぶ。迎えが来てしまう。ジャイとは二度と会えないかも。。。
「Excuse me. Madam(すみません。マダム)」
フロントのスタッフが電話の子機を持って近づいてきた。
「Me?」
「はい、お電話です」
「私に?」
「ジャイからです。客室清掃員のジャイです」
「えーっ!!」私は子機を掴み取った。
「Hello?」
「Minami? ああ、良かった。間に合った」
「良かったわ。私、お礼を言いたかったの。赤い薔薇の絵、ありがとう。ステキなお土産よ」
「ミナミほど、上手くないけど。喜んでもらえて嬉しい」
「とても上手よ。今日は?仕事は?」
彼は一昨日の夜、トイレ故障の客室清掃の後、オーナーに呼ばれた。そして今日から駅前のショップで働くことになったと話した。
「すごーい。ジャイが優秀だから、オーナーが抜擢してくれたのね」
「たまたまだよ。ショップのスタッフが怪我をして、しばらくお店を休んでいたんだ。でも、もう仕事に復帰が出来ない事がわかって。たまたま僕が館内にいたからだと思う」
「そんなはずないわよ。とにかく、おめでとう。ご家族喜んだでしょう」
「そりゃあもう」
「ジャイ、サンドーシャ?(ジャイ、幸せ?)」
「サンドーシャ! サンドーシャ!」
電話の向こうでジャイの弾ける笑顔が目に浮かぶ。それは窓の外、朝陽を受けたアラビア海よりも輝いていた。
講座のお知らせ
・「アーユルヴェーダとインド薬膳」講座
2月8、22、3月8 (火曜日)13:30~15:00
会費3回分 5000円 調理実習や試食はありません
問い合わせ・お申込み
クレオ大阪中央館
https://www.creo-osaka.or.jp/chuou/
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