アーユルヴェーダ通信14 日常礼拝
ヨガのアサナにスーリヤナマスカーラ(太陽礼拝)という、呼吸法を伴った一連のポーズがあります。朝昇って来る太陽に一日の始まりを感謝し五体投地をしてご挨拶。「おはようございます。今日もようこそ御出まし下さいました。お陰でまた新しい一日を始めることができます。この一日を無駄にしないように精進いたします」というような礼拝です。従って日没にも行います。夕陽の方に向き直り、無事に一日終えられた感謝の祈り。
緊急事態宣言で自粛を求められている昨今。当たり前に送っていた生活に改めて向き合うことが多くなりました。どこにでも自由に出かけられ、病気や怪我をしたら救急車がとんできてくれて、欲しいものがあればスーパーに行けば大抵のものはそろっている。今にして思えばこう言った日常がいかに便利で安心で有難いことであったことか。
店頭から使い捨てマスクや除菌ティッシュが消えて久しいです。消費が多すぎて生産が間に合わないようですね。「マスク売り切れ、入荷日は未定」と表示されガラリと空いた商品棚を見るとしみじみ思います。ゴミ回収車の皆さん働いてくれてありがとう。お陰で日本中の路上に使用済みマスクやティシュが散乱することがありません。(^◇^)
「Japan have a wonderful social system.(日本は素晴らしい社会システムを持っている)」日本に共同研究に来ていたインド人科学者、ペリアサミーさんがこう言ったのを覚えています。「インドに戻ったらぜひ取り入れたい」何のことかと思ったら、ゴミの回収のことでした。定期的にゴミを回収に来るシステムはインドにはないとの事でした。その時の私には何がそれほどwonderfulなのか解りませんでした。
ペリアサミーさんは一家4人(彼の妻と幼い男女の子供)で日本に来ておられ、私はたまたま日本で知り合ったのですが、それから1年後、彼らはインドに帰っていきました。その後1年ほど手紙のやり取りをするうちに、私は彼らの家にホームステイさせていただくことになったのです。それが私の初めてのインド渡航でした。観光地でないため地域情報が少ない南インド。そして彼の言う通りゴミ回収のない社会は想像を絶する景色でした。
あらゆるものが外に打ち捨ててある。家庭から、食堂から、そして病院から。暑いので腐敗が早い、ハエが乱舞する。要らなくなったものが路上の端にはびこり、空き地を埋め尽くしていました。そして私はインドでたいていの外国人が経験する洗礼を例外なく受けたのでした。つまり下痢と高熱にうなされ床に伏したということです。
インドのご家族にはとても心配をかけてしましました。熱でもうろうとしながら思ったのは、体の中にはどんな病原体が居座っているのだろう、コレラ、赤痢、マラリア…。やっぱり予防接種しておくべきだったなぁ。当時ようやく接種義務が緩和され任意となったばかりの頃でした。
このキョーレツな洗礼のお陰で、私はすっかり免疫ができたのか、以来インドで病気になったことはありません。それどころかインドに行くたびに元気になりました。ハマった。といことですね。ハハハ〜。(#^.^#)
そして、訪れる度にインドは都市を中心に整備され、キレイになっていきました。
しかし20年たった今も、ペリアサミーさんの夢、社会システムとしてのゴミの回収は実現していないようです。
便利で安心な日常は、太陽が昇るような自然の営みではない。豊な社会を目指して、そのシステムが構築され、その仕組みを支えようと頑張ってくださっている方々のお陰だと思います。ありがとうございます。そのお力を無駄にしないように、1日1日を大切に致します。
尊い日常に感謝。日常礼拝です。
どうか、皆様もお体を大切に、ご自身を労わりながらお過しくださいね。(^◇^)
南想子 拝
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